2006/07/13
冷や汗続き in June & July, 2004
2年前の、今となっては笑ってしまう思い出話。この時もMrは1ヵ月半近く帰国中だった。
2004年6月7日、話の流れで(勢いで?)ピアスをすることになった。MHさんはふさがってしまったピアスホールを作り直したい! HMさんは2つ目のピアスをしたい!と言う話から、「kikiさんも一緒にやろうよ!」と言う事になり、突然やってきたピアスデビュー
やるまではドキドキしたけれど、ホッチキスでバチン!バチン!とやるような感じで、痛みも出血もなく。「ピアスしちゃったよぉー!」とMrに事後報告。
問題はその6週間後。
その6週間の間、あれは6月25日前後。BSちゃんとHMさんと一緒にストロベリーピッキング
へ行った時、甘いイチゴに出会い、イチゴ狩りをしながらバクバク食べた。帰宅後、突然、ゲリラに襲われ、冷や汗ダラダラ、トイレから出られなくなり、えらい目にあってしまった。それ以来、イチゴ狩りではあまり食べないようにしている。
ゲリラ攻撃からひと段落し、夕食を作ろう!とキッチンに立った私。何を作ろうとしたのか憶えていないけれど、薄切り豚肉を使いたくて、冷凍庫から出したばかりの薄切り肉を4,5枚、包丁で剥ごうとトライしていたら、「・・・やっちゃった
・・・」 後悔してももう遅い、ザクッと小指を切ってしまった。
1日に2度目の冷や汗タラタラ、心臓バクバク、貧血クラクラ、そして指は痛みだし、天井も回り始め・・・
落ち着いた頃には1時間半ほど時間が経過していた。出血も止まったし、消毒をしておこう!と傷口をそっと見たら、“ありゃぁ・・・深い。” どうすべきか考えた結果、ご主人がドクターのRさん宅に、「小指をちょっとぐっさりやっちゃって、深そうなんだけど、ERに行った方がいいと思う?」と軽い気持ちで電話して聞いてみた。ERに行った方がいいのでは?と言われたので、「だったら、1人で行けるから大丈夫!」と答えると、「麻酔して気分が悪くなるかもしれないよ!一緒にERに行ってあげるから、待ってて!」とRさん。彼女の家から家までは片道30分はかかるし、子供もいるし、本当に1人でもいける状態だったから断ってみたものの、すぐ家を出て来てくれたRさん。
結局、ERで4針縫った。ナースに破傷風・tetanusについて聞かれたのだが、tetanusの意味がわからず、Rさんが自宅に電話してご主人に聞いてくれたり、自分の指すら見れない私の代わりに、Rさんが実況中継してくれたり。(笑) アメリカは、大人になっても10年に一度、破傷風の注射をするのだそう。いつ破傷風の予防接種?をしたのか憶えのない私は、その場でブスッと1本打たれた。
3日後、包帯をはずさなくてはいけなかったから、縫われた小指を見てみた。糸が黒かった。指先から剛毛が生えてきたみたいだった。あの時は、Rさんがいてくれてめちゃくちゃ心強かったし、今でも感謝しています!
ありがとう!
誰にもかまれていないが、これが私の「小指の思い出
」
この件を帰国中のMrにメールしたら、返事がない。再度、メールを送ってみたけど、返事なし、電話もなし。よって、むかついてきた。その後、Mrから電話をもらった時、「ちょっと!4針縫ったってメールしたのに、大丈夫?ぐらいのメールも送れないの?」 「
なんかよくわからなくて、冗談かと思ってさぁ。」
「わ、わからないって・・・冗談だとしても、普通は心配するもんじゃないの!」
「大丈夫?」 「おそぉぉ〜〜い!!
」
Mrが家にいてもいなくても、なぜか息切れするkikiさん。今回も似たような会話しましたねぇ、Mr。
そして、7月15日、kikiママが2度目の訪米。
私のピアスを見て、kikiママは“私もピアスをして帰国しようかな。”と思っていたはず。しかし、ファーストピアスをはずせる6週間目を迎える2,3日前に、左耳が化膿してしまった。しかたなくピアスをはずし、消毒。
1日ピアスをしないでいたら、ピアスが通らなくなってしまった・・・。
このままピアスホールがふさがってしまう!なんてことにしたくなかったから、夜、鏡を前に必死にピアスを通そうと試みたが、耳が赤くなるばかり。
そして、耳を冷やしながらゆっくりとピアスを通す努力をした私。ママさんは「じゃぁ、寝るね。」と自分の寝室へ。その後、やっと、やっとピアスを通す事が出来たのだけど、ピアスの棒の先が爪で引っかかる程度しか出ていなくて、もちろん、後ろの金具をはめる事なんて出来ない。嫌な予感・・・はもっと早くに感じるべきだった。
バスルームの大きな鏡でよく見てみたら、
またもや冷や汗。本来のピアスの穴ではなく、
自分で別ルートを作ってしまっていた・・・それもファーストピアスで。
耳たぶを斜め横断していたピアス。自分がやっていた事の怖さをブルッと感じ、ママさんにちゃんと見てもらいたくて寝室のドアを開けると、スゥー
スゥー
聞こえてくるのは寝息だけ。私とは正反対に、気持ち良さそうに寝ていたママさん。
翌朝、その話をすると、「ばっかだねぇ〜〜」とママさんに笑われた。が、その件があってから、ママさんは
「ピアスをしたい素振り」は見せなくなった。
2年前の6,7月は冷や汗をたっぷりかいてしまったなぁ。月日が経つのは早いぞ。
2004年6月7日、話の流れで(勢いで?)ピアスをすることになった。MHさんはふさがってしまったピアスホールを作り直したい! HMさんは2つ目のピアスをしたい!と言う話から、「kikiさんも一緒にやろうよ!」と言う事になり、突然やってきたピアスデビュー
やるまではドキドキしたけれど、ホッチキスでバチン!バチン!とやるような感じで、痛みも出血もなく。「ピアスしちゃったよぉー!」とMrに事後報告。問題はその6週間後。
その6週間の間、あれは6月25日前後。BSちゃんとHMさんと一緒にストロベリーピッキング
へ行った時、甘いイチゴに出会い、イチゴ狩りをしながらバクバク食べた。帰宅後、突然、ゲリラに襲われ、冷や汗ダラダラ、トイレから出られなくなり、えらい目にあってしまった。それ以来、イチゴ狩りではあまり食べないようにしている。ゲリラ攻撃からひと段落し、夕食を作ろう!とキッチンに立った私。何を作ろうとしたのか憶えていないけれど、薄切り豚肉を使いたくて、冷凍庫から出したばかりの薄切り肉を4,5枚、包丁で剥ごうとトライしていたら、「・・・やっちゃった
・・・」 後悔してももう遅い、ザクッと小指を切ってしまった。1日に2度目の冷や汗タラタラ、心臓バクバク、貧血クラクラ、そして指は痛みだし、天井も回り始め・・・
落ち着いた頃には1時間半ほど時間が経過していた。出血も止まったし、消毒をしておこう!と傷口をそっと見たら、“ありゃぁ・・・深い。” どうすべきか考えた結果、ご主人がドクターのRさん宅に、「小指をちょっとぐっさりやっちゃって、深そうなんだけど、ERに行った方がいいと思う?」と軽い気持ちで電話して聞いてみた。ERに行った方がいいのでは?と言われたので、「だったら、1人で行けるから大丈夫!」と答えると、「麻酔して気分が悪くなるかもしれないよ!一緒にERに行ってあげるから、待ってて!」とRさん。彼女の家から家までは片道30分はかかるし、子供もいるし、本当に1人でもいける状態だったから断ってみたものの、すぐ家を出て来てくれたRさん。
結局、ERで4針縫った。ナースに破傷風・tetanusについて聞かれたのだが、tetanusの意味がわからず、Rさんが自宅に電話してご主人に聞いてくれたり、自分の指すら見れない私の代わりに、Rさんが実況中継してくれたり。(笑) アメリカは、大人になっても10年に一度、破傷風の注射をするのだそう。いつ破傷風の予防接種?をしたのか憶えのない私は、その場でブスッと1本打たれた。
3日後、包帯をはずさなくてはいけなかったから、縫われた小指を見てみた。糸が黒かった。指先から剛毛が生えてきたみたいだった。あの時は、Rさんがいてくれてめちゃくちゃ心強かったし、今でも感謝しています!
ありがとう!
誰にもかまれていないが、これが私の「小指の思い出
」この件を帰国中のMrにメールしたら、返事がない。再度、メールを送ってみたけど、返事なし、電話もなし。よって、むかついてきた。その後、Mrから電話をもらった時、「ちょっと!4針縫ったってメールしたのに、大丈夫?ぐらいのメールも送れないの?」 「
なんかよくわからなくて、冗談かと思ってさぁ。」 「わ、わからないって・・・冗談だとしても、普通は心配するもんじゃないの!」
「大丈夫?」 「おそぉぉ〜〜い!!
」Mrが家にいてもいなくても、なぜか息切れするkikiさん。今回も似たような会話しましたねぇ、Mr。
そして、7月15日、kikiママが2度目の訪米。
私のピアスを見て、kikiママは“私もピアスをして帰国しようかな。”と思っていたはず。しかし、ファーストピアスをはずせる6週間目を迎える2,3日前に、左耳が化膿してしまった。しかたなくピアスをはずし、消毒。
1日ピアスをしないでいたら、ピアスが通らなくなってしまった・・・。
このままピアスホールがふさがってしまう!なんてことにしたくなかったから、夜、鏡を前に必死にピアスを通そうと試みたが、耳が赤くなるばかり。
そして、耳を冷やしながらゆっくりとピアスを通す努力をした私。ママさんは「じゃぁ、寝るね。」と自分の寝室へ。その後、やっと、やっとピアスを通す事が出来たのだけど、ピアスの棒の先が爪で引っかかる程度しか出ていなくて、もちろん、後ろの金具をはめる事なんて出来ない。嫌な予感・・・はもっと早くに感じるべきだった。
バスルームの大きな鏡でよく見てみたら、
またもや冷や汗。本来のピアスの穴ではなく、自分で別ルートを作ってしまっていた・・・それもファーストピアスで。
耳たぶを斜め横断していたピアス。自分がやっていた事の怖さをブルッと感じ、ママさんにちゃんと見てもらいたくて寝室のドアを開けると、スゥー
スゥー
聞こえてくるのは寝息だけ。私とは正反対に、気持ち良さそうに寝ていたママさん。翌朝、その話をすると、「ばっかだねぇ〜〜」とママさんに笑われた。が、その件があってから、ママさんは
「ピアスをしたい素振り」は見せなくなった。
2年前の6,7月は冷や汗をたっぷりかいてしまったなぁ。月日が経つのは早いぞ。
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