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ESL遠足でエリス島!  の巻

P104035811.jpg玄関サイドはまだ雪がうっすら残っているけれど、昨晩、こっちも雪が降った模様で、家の前の池が真っ白になっていたよ。
昨日は定期集会で、うまし!たのし!な時間を過ごして来たんだけど、車の温度計が示した最高気温は29F(-2℃位)だったの。帰りは雪が舞ったりして、普通に凍えたし、ただただ、さぶぅ~!と思う毎日でごわす。冬はこれからだっちゅーに...

では、本題のEllis Islandのお話へ。

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エリス島は、自由の女神のあるリバティー島の隣にある島で(左写真でいうと、左側がリバティー島、右がエリス島)、入国管理局があった所。ヨーロッパからの移民がNYへやって来た時、まずここへ立ち寄らないと本土へは行けなかったのでありまする。マンハッタンのバッテリーパークのフェリー乗り場でセキュリティーチェックを受け、フェリーに乗船。

P1040035el.jpg自由の女神まで行きながら、フェリーを降りれなかったESL遠足参加者。自由の女神は思い出せるだけで5回は行っているけど、エリス島に降りたのは、初めて自由の女神を見に行った時の1度きり。それも、興味がなくてスルーッと1階部分を見ただけだったので、今回、そこそこじっくり見て回れたのはよかったかな、と。
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そして、エリスアイランドへ上陸!
1954年まで入国管理ステーションだったエリス島。1965年に自由の女神国立記念公園の一部になり、1990年9月10日に、改築された私の後ろの建物(メインビル)がミュージアムとしてオープン。改築前は荒れ放題のまま放置されていた模様。

P1040046el.jpgP1040077el.jpgまず2階へ。
えぇ~、この階段は、分かれ道となるゲートへ繋がる階段だったかなぁ。
この階段を登ると、こちらのホール(Great Hall)へと出て来るんだけど(右写真の下のホール)、このホールは1918-19まで米軍の管理下にあり、兵士の病棟として使われていたそう。

P1040052el.jpgP1040064えlP1040066el.jpg
古さが残る建物の一部分。真ん中は壁に残された落書き。

今回のエリス島見学で私が感じたことは、入管というより収容所だったんだな、ということ。今のように、入国審査を終えてすぐ入国出来たわけではなかった当時を知り、そう思った次第。

P1040049el.jpgP1040050el.jpgまず、ここでは健康チェックがなされていて、目に問題がある人は肩の辺りにEの文字を、足だったらFtと洋服の上から書かれたそう。
右写真が、健康チェックのInspection Card(検査カード)

P1040057el.jpgP1040058el.jpg健康チェックだけでなく、思考(頭脳)チェックもあったそう。積み木を指示通りに動かせるか、ダイヤ♦を書くように指示されたり、同じ絵を見つけ出せるかなどなど。初めてペンを持った人も多かったそう。同じ絵のテストは、葉っぱのは28秒以内、封筒絵は18秒以内と時間制限があったんだって。

P1040072el.jpgP1040074el.jpg1903年の統計だけど、アメリカへやってきた移民の数が  上位5が東海岸(NY、ボストン、ボルチモア、モントリオール/カナダ、フィラデルフィア)=ヨーロッパからの移民が多かったと言うこってす。
それにしても、こんなぎゅうぎゅう詰めの船でやってきたんでしょうかねぇ。健康であっても、船の中で病気になりそう。アメリカ本土へ入国する前、エリス島で亡くなった人は、1900年以降の記録だけでも3,500人以上いたそうな。

移民の数も多かったことがこれだけでも分かると思うけど、ここで働く人は700人以上いたんだって。医者、ナース、検査官、通訳、電話オペレーター、キッチンランドリー係などなど。それも12時間勤務の7日間労働...

P1040075el.jpg展示の中に、明治33年、熊本からカリフォルニア、オークランドへ来た7才8ヶ月の男の子のビザを発見!
明治33年は1900年だというので、110年前ってことですわねぇ。
どんな思いで、どんな期待を抱いて、新天地のアメリカへ来たのか。辛く厳しい生活だったに違いない、とか、この1枚の紙切れを前に、ちょいとしんみり考えてしもうた。

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ここは1階の展示室。当時はバッゲッジルームだったそう。
左の写真の青い棒は南米から、赤はアジアからの移民者数。どちらも1961年以降からググッと延びていて、それ以前は、ヨーロッパエリアからの移民者数が圧倒的に多いのがよくわかるグラフであった。

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ラスト写真は、エリス島とエリス島から見たマンハッタン。ここで入国審査をパスするのを待っていた移民達も、日々、ここからマンハッタンを眺めていたんだろうな。

ということで、エリス島のお話はこれにて終了

テーマ : ニューヨーク
ジャンル : 海外情報

コメント

kikiさん、こんばんは。

移民の皆さん、不安と期待でいっぱいいっぱいな状態で、過酷な船旅に耐えたんでしょうね。
私も途中長い道のりにくじけそうになりながらも、なんとか西部から東海岸へ辿り着きました~。

これからは新天地で楽しむぞ!

こちらは、お昼間は寒いっと思うこともあるけれど、夜が暖かい(コロラド比)ので過ごしやすくて嬉しいです。

らすかる母さんへ

Welcome to CTです!!待ってましたー!
事故にもストームにも遭わず、無事に到着できてよかったです。

昔の移民の方は、過酷な船旅に耐え、やっとこさ本土への入国を許可されても、厳しい生活が待っていたんですよねぇ。入国審査で別室に呼ばれることなんてどーってことないじゃない!と思った日でしたが、気軽に入国できる身に早くなりたいものです。

新天地、CTでの生活も楽しんでくださいねー!!

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プロフィール

kiki

Author:kiki
アメリカ・コネチカット州の田舎町でMr(夫)と二人暮し。3年の予定だったコネチ生活は17年目に突入!2011年2月に永住権ゲット。これでも一応、駐在・駐妻でござ~い。

**普段Macで更新しているので、Windowsで見ると文章と写真にズレが生じるかもしれません。**

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